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川崎市市民ミュージアム水没の報に触れてマンガ研究の未来を憂う

川崎市市民ミュージアムが水没し、戦前の漫画(と報道されているが、赤本、ポンチ絵の類を含むのだろう)を含む多数の資料が被災した模様、という非常に衝撃的なニュースが流れた。

www3.nhk.or.jp

ミュージアムは設立時から複製芸術全般を積極的に扱う、当時としては非常に先進的な方針の博物館兼美術館で、地方自治体の施設でありながら、全国のマンガ研究の中核的施設のひとつでもあった。私も学生時代に何度も訪れているし、学芸員の皆さんにもお世話になったので、たいへん心配…

しているのだが、もしかするとその学芸員さんたちはもうすでにいないのかもしれない。2017年に指定管理者制度が導入されて以来、学芸員の離職が相次いでいたようなのだ。日本マンガ学会の会報でもそれに気づくことができるような記事はなかった(私は購読会員を今も続けている)。二重に衝撃を受けた。

www.kanaloco.jp

日本のマンガ研究はまだ基礎すらできていない

クールジャパンとかなんとか言われて久しいが、日本マンガ学会が設立されたのが2001年。私が学生だった頃にはまだ論文もまともに集まらない状況で、大会も在野の研究者…ないし評論家、あるいは著述家の皆さん、マンガとは縁遠い学部でひっそりと論考を発表している先生方、出版業界の方々が玉石混交に「表現してみたもの」を並べているような状況だった。ここ最近は海外からの留学生がぐっと論文の水準を引き上げたような(ちょっと恥ずかしいけど)状況もあるけれど、まだまだ「学会」としての基礎固めには時間がかかりそうな状況のように思う。

マンガに学問なんているのかよ?という声は、当然学会設立以前からずーーーーっとある反応なのだが、ちゃんとした研究体制がないのに国の基幹・重点産業だとどうして言えるのか。諸外国からポルノ扱いされたときに、論理的に反論をできるだけのロジックがちゃんとあるか。この電子書籍時代に日本のマンガ産業が維持発展するために何が必要か、客観的に分析して文化庁に上申する有識者はいるのか。著作権法のアップデートにマンガ産業からきちんと意見を言うのはだれなのか。そもそもマンガは日本独自の文化とか、未だにそういうことを言っていていいのか(世界にはマンガ的表現が多様に存在するし、「マンガ」「マンファ」「漫画」「Cartoon」「BD」「Manga」「ポンチ絵」「赤本」といった単語は非常に慎重に使う必要があるというのが現在のマンガ研究者の認識。手塚治虫鳥獣戯画も、安易に「起源」とは呼ばない)。そしてなによりも、この文化を記録保存していくのは誰なのか。

日本のマンガ研究がなかなか発展していかない原因は、たぶん2つだとずっと思っている。それぞれ模索が続いているのだが、今回の水没被害は、その歪みというか、うまくいっていない感じを露呈したと思う。

研究者の就職先の不足

日本でマンガ研究を最も精力的に行っているのは京都精華大学で、日本マンガ学会の事務局も京都精華大学内にあるのだが、同大学はどちらかといえば「作家育成」のほうに力がかかっていて、国際的な研究機関としての色合いは(土地柄留学生はとても多いし、活発ではあるのだけど)正直そんなに濃くない。最近は学長が外国人になったこともあり(とても印象的なニュースだった)、多少変わったのかもしれないけど。その他、明治大学などにも研究機関はあるけれども、マンガを専門にした大学の研究職のポストは、正直言ってほとんどない。

同時に、マンガには資料収集・保存という重大なミッションがあって、かつ展示を行うことで文化イベントとして町おこしなどにつなげたいという社会的要請も強いので、学芸員として博物館・美術館に専門家が配置されることが期待されるのだけれども、これも非常にポストが少ない。川崎市市民ミュージアムは、その数少ない受け入れ場所だったが、自治体行政の効率化の荒波の中で、予算上維持しきれなかったというのが実態のようだ。確かにあのミュージアムは多機能すぎて若干緩慢とした印象もあるし、場所的にもあまりアクセスがよくないので(水没した原因もその立地にあると思うが)、来場者が伸び悩むのもわからなくはない。

資料の保存・受け入れ体制

国会図書館があるからそれでいいじゃん?と思われる方がいるかもしれないが、そうではない。

  • 国会図書館に保存されているマンガはカバーが外されてしまっている。図書館とはそういうものだが、マンガの場合、カバーアートも作品の一部なので、研究上重大な支障となる。
  • 国会図書館は残念ながら、マンガ雑誌の保存状態があまりよくないと言われている。紙質が独特な日本のマンガ雑誌はそもそも保管が難しいのだが、あまり資料として重要視されていなかった背景もあるらしい。
  • 国会図書館は当然「すべての本が1冊ずつ献本される」わけだが、残念ながらマンガの場合、版を重ねるごとに絵が書き換えられていたりすることが多い(特に手塚治虫)。その履歴をたどることが困難。
  • 同人誌などについても一部は献本されているらしいが、当然ほとんどは存在しない。
  • そもそも、マンガの分類について日本十進分類法には規定がない。書誌情報が十分に整備できていない(一部の専門図書館ではいわゆる漫画喫茶方式=著者名順でお茶を濁している)。
  • そんな中、電子出版されたマンガをどうするか、なんて問題も増えていたりする。
  • さらに頭が痛いのが高齢化するマンガ作家が寄贈したがっている原画の類で、特にスクリーントーンなどが貼られている原画は取り扱いが非常に難しいが、これは図書館のカバーする範囲ではない。

それに対して、京都国際マンガミュージアムという施設があるのだが、これは京都精華大学が運営する施設のひとつで、元が廃校になった小学校なので、資料保存機能としては完璧ではない。
明治大学米沢嘉博の収集物を受け入れ、先行的に「米沢嘉博記念図書館」を設置したり、日本初のマンガ図書館を作った内記稔夫の内記マンガ図書館の運営を引き継いだり熱心に取り組んでいるが、本来目標だった「東京国際マンガ図書館」は、2014年の完成目標に対して、まだ大きな進捗は見せていない。どれもこれも、2009年に民主党政権が「国営漫画喫茶」などと罵って計画を停止してしまった、国立メディア芸術総合センター計画の破綻が契機となって、高齢化しはじめたマンガ文化の初期の担い手たちが、その蒐集品をなんとか散逸させまいと、のたうち回った結果だ。
明治大学|東京国際マンガ図書館
図書館紹介 - 明治大学 現代マンガ図書館
国立メディア芸術総合センター - Wikipedia

こんなことをやっている場合ではないし、次々襲ってくる自然災害の中で、地方自治体の町おこしとか、いち私立大学の努力のレベルでは資料の保存・分析は進めようがない。とにかく、川崎市市民ミュージアムの被災については国難レベルの損害だと認識したうえで、文化庁には資料の修復に対する緊急の手当と、改めてのマンガ資料の収集体制に対する世論喚起を求めたい。


(追記 10/29)
公立美術館において開催される漫画、アニメ展に関する一考察 ──「富野由悠季の世界」展と「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」:キュレーターズノート|美術館・アート情報 artscape

富野展についてはその点、非常に画期的な取り組みであったことに触れておきたい。委細は上記リンク先に詳しいので省きます。


(追記 11/14)
寄付金の受付がはじまりました。

http://www.city.kawasaki.jp/250/page/0000112189.html